人材育成KPIの設定方法|研修時間・受講率だけでは経営に届かない理由

人的資本の開示や中期経営計画の策定をきっかけに、「人材育成のKPIを設定してほしい」と経営から求められる人事担当者が増えています。ところが実際に指標を並べてみると、研修時間、受講率、満足度、研修費用……と、測りやすい数字ばかりが残りがちです。

これらの数字は大切ですが、それだけでは「育成に投資した結果、事業や職場の何が変わったのか」を経営に説明できません。この記事では、人材育成KPIが活動指標で止まってしまう構造を整理したうえで、経営課題から逆算してKPIを設計する手順と、「チームの変化」を測るという考え方を紹介します。

人材育成KPIが「研修時間・受講率」で止まってしまう3つの理由

1. 測りやすい指標から埋めてしまう

研修時間や受講率は、研修管理の台帳があればすぐに集計できます。期限が迫る中でKPIを決めようとすると、「すでに取れている数字」から埋めていくのは自然な流れです。しかし、それは人事の活動量を示す指標であって、育成の成果を示す指標ではありません。研修時間が昨年より増えたことは、それ自体が良いことかどうかを語っていないのです。

2. 経営戦略と研修をつなぐ「中間の指標」がない

経営が知りたいのは「戦略の実行に必要な人材がそろいつつあるか」です。一方、人事が持っているのは「研修を何回やったか」。この間には、「研修で何ができるようになり、職場でどう使われているか」という中間の段階があります。ここを測る指標が設計されていないと、研修の数字と経営の数字が直接ぶつかり、「結局、研修の効果は分からない」という結論になってしまいます。経営戦略と人材戦略のつなぎ方そのものは「人的資本経営を「経営」にする方法」で整理しています。

3. 個人単位で測るため、職場の変化が見えない

多くの研修は個人を対象に設計され、効果も「受講者本人のアンケート」や「理解度テスト」で測られます。ところが、仕事の成果は個人ではなくチームや部署の中で生まれます。一人が学んだ考え方を職場に持ち帰っても、上司や同僚に共通の前提がなければ使われず、数か月で元に戻ります。個人単位の指標だけを追っていると、この「職場で消えていく学び」を捉えられません。研修の効果が出ない構造については「研修効果が出ない本当の原因と解決策」でも詳しく解説しています。

人材育成KPIは4つの階層で設計する

研修評価の考え方として知られるカークパトリックモデル(反応・学習・行動・成果)を参考にすると、人材育成のKPIは次の4つの階層に分けて整理できます。大事なのは、どれか1つを選ぶことではなく、階層どうしが「つながっている」状態をつくることです。

活動指標:施策をどれだけ実行したか

研修時間、受講率、研修費用、実施回数など。人事が直接コントロールできる数字で、計画どおりに施策が回っているかを確認するために使います。開示資料でもよく使われますが、これ単体で「成果」と呼ばないことがポイントです。

学習指標:何ができるようになったか

理解度テスト、スキル評価の前後比較、資格取得数など。研修の「中身」が届いたかを見ます。ここで測る内容は、研修の目的と一致していなければ意味がありません。「ファシリテーション研修」なら、知識テストよりも、実際に会議の進行を任せたときの観察評価のほうが目的に近い指標になります。

行動指標:職場で何が変わったか

上司・同僚による行動観察、1on1の実施状況と内容、会議の進め方の変化など。人材育成KPIの中で最も設計されていないのがこの階層であり、同時に経営と研修をつなぐ「中間の指標」にあたります。1on1を行動指標として使う場合の注意点は「1on1が形骸化する理由と人事の打ち手」も参考にしてください。

成果指標:事業や組織にどう効いたか

重要ポストの後継者候補の準備状況、内部登用率、エンゲージメントスコア、離職率、部署の業績指標など。研修だけで動く数字ではないため、「研修が原因で上がった」と言い切るのではなく、行動指標の変化と並べて「変化の筋道」を示すのが現実的です。

人材育成KPIの設定手順|経営課題から逆算する5ステップ

ステップ1:経営課題を「人と組織の状態」に言い換える

まず中期経営計画や事業方針を読み、「その戦略を実行するには、どんな人と組織の状態が必要か」を言葉にします。たとえば「新規事業の比率を高める」なら、「部署をまたいでアイデアを形にできる人が増えている」「管理職が挑戦を後押しする判断をしている」といった状態です。

ステップ2:その状態が「見えたら分かる行動」を決める

ステップ1の状態は抽象的なので、職場で観察できる行動に分解します。「会議で反対意見や代案が出ている」「1on1で部下のキャリアや挑戦の話題が扱われている」など、第三者が見て判断できる粒度まで具体化するのがコツです。

ステップ3:行動を後押しする施策と学習内容を選ぶ

行動が決まってから、はじめて研修テーマや施策を選びます。順番を逆にして「今年はこの研修をやる」から始めると、KPIは活動指標しか置けなくなります。研修以外の施策(評価制度、会議体の見直し、配置)も、この段階で並べて検討します。

ステップ4:4階層それぞれに1〜2個の指標を置く

活動・学習・行動・成果の各階層に指標を置きます。数は多すぎると追いきれないため、各階層1〜2個で十分です。行動指標は「年2回、上司と本人が同じチェック項目で振り返る」など、測り方まで決めておかないと形だけになります。

ステップ5:振り返りの場を会議体に組み込む

KPIは設定より運用が難しいものです。半期ごとに経営会議や部長会でKPIを確認する時間を決め、「数字が動いていない理由」を現場と一緒に考える場をつくります。人事だけで数字を集計して報告する形では、現場の当事者意識が育ちません。

人材育成KPIを「チームの変化」で測るという解決策

ここまでの手順で最も難しいのは、行動指標を「個人の努力」ではなく「職場の変化」として捉えることです。そこで有効なのが、育成の単位を個人からチームに移す「チーム学習」の考え方です。

同じチームで学ぶと、共通言語が行動を支える

同じ職場のメンバーが同じ考え方やフレームワークを一緒に学ぶと、「それは論点がずれているね」「まず問題を分けよう」といった共通の言葉が生まれます。共通言語があると、学んだことを職場で使うハードルが下がり、行動の変化が個人の頑張りに依存しなくなります。結果として、行動指標が「チームとして変わったか」で測れるようになります。新入社員研修でも同じ構造があることは「新入社員研修が現場で活かせない理由」で解説しています。

会議は「行動指標」のいちばんの観察点になる

チームの変化を観察しやすい場面が会議です。会議にはチームの考え方や関係性がそのまま表れます。たとえば次のような項目は、特別なシステムがなくても、会議の振り返りで確認できます。

  • 会議の目的とゴールが冒頭で共有されているか
  • 管理職以外のメンバーから意見や代案が出ているか
  • 決まったこと・担当・期限が会議の終わりに確認されているか
  • 研修で扱った考え方や言葉が、会議の中で自然に使われているか

これらを研修前後や半期ごとに同じ項目で振り返れば、「研修を受けた人数」ではなく「チームの働き方がどう変わったか」をKPIとして示せます。

新しい研修では「16%」を広がりの先行指標にする

行動や成果の指標は、数字が動くまでに時間がかかります。その間の手がかりとして、筆者がグループ本社の人事で内製研修を立ち上げたときに使っていたのが、イノベーター理論(新しいものが広がる過程を5つの層で表す考え方)とキャズムの考え方です。

はじめての研修を設計するときは、まず新しい取り組みに早く反応してくれそうな人、いわばイノベーターやアーリーアダプターにあたる人に声をかけ、意見を聞きながら内容をつくりました。そのうえで、グループ全体の対象者数に対して、参加者がイノベーターとアーリーアダプターを合わせた割合である約16%を超えるかどうかを先行指標にしていました。ここを超えればその後ある程度広がっていく可能性が高く、超えられなければ広がりにくい。いわゆる「キャズム(溝)」を越えられるかを見るという考え方です。

この見方が使えるのは、主に新しく始める研修や、手挙げ式(公募型)の研修です。ただ、16%を見ていると「次に何をすべきか」がはっきりします。受講後アンケートの声を次の参加者を集める材料として活かす、口コミで広げてくれそうな人に声をかける、定期的なメルマガで発信し続ける。KPIは測って終わりではなく、人が来るための次の打ち手を決める材料として使うものです。

経営への説明は「数字+変化の筋道」で

研修を「売る側」と「買う側」の両方に立ってきた経験から言えるのは、経営が納得するのは大きな数字よりも「なぜその変化が起きたのか」という筋道だということです。活動指標で実行量を示し、学習・行動指標で職場の変化を示し、成果指標の動きと並べて説明する。この形をつくっておくと、次年度の予算の議論も「研修をやるかやらないか」ではなく「どの変化をさらに伸ばすか」に変わっていきます。

人材育成KPIについてよくある質問

Q. 経営から「研修の効果を数字で示して」と言われたら、何から出せばよいですか?

A. いきなり業績との因果を示そうとせず、まず「この研修で変えたい職場の行動」を1つ決め、その行動を研修前後で同じ項目で振り返った結果を出すのがおすすめです。活動指標(受講率など)と組み合わせて、「実行した量」と「起きた変化」をセットで示します。

Q. 人的資本の開示で研修時間を出しているのに、別のKPIは必要ですか?

A. 開示用の指標と、社内で施策を改善するための指標は役割が違います。研修時間は比較しやすい開示指標として有用ですが、施策の良し悪しを判断するには行動指標が必要です。社内向けには、開示指標に加えて行動・学習の指標を持っておくと、開示の説明にも厚みが出ます。

Q. 現場の管理職に「KPIのための観察や記録は負担だ」と言われませんか?

A. 新しい記録を増やすより、既存の場(1on1、定例会議、評価面談)の中で数分の振り返りをする形にすると負担を抑えられます。チェック項目は4〜5個に絞り、管理職自身のマネジメントにも役立つ内容にすることがポイントです。

Q. KPIはどのくらいの期間で見直すべきですか?

A. 行動指標は半期ごと、成果指標は年度ごとの確認が目安です。ただし、1年目は「測り方そのものが妥当か」を確かめる期間と割り切り、指標の入れ替えも前提にしておくと、形骸化を防げます。

まとめ:人材育成KPIは「活動」と「成果」の間を設計する

人材育成KPIが研修時間や受講率で止まるのは、担当者の努力不足ではなく、経営と研修をつなぐ「行動の指標」が設計されていないという構造の問題です。経営課題を人と組織の状態に言い換え、職場で観察できる行動に分解し、4つの階層で指標を置く。そして行動をチーム単位で捉え、会議などの日常の場で振り返る。この流れをつくることで、育成投資の意味を経営と同じ言葉で語れるようになります。

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この記事を書いた人:栗林 陽(株式会社aund 代表取締役)
研修会社(現・学研グループ)に10年半在籍し、企業研修の企画営業、新規事業でのプロダクトオーナー、グループ本社人事での内製研修の立ち上げを経験。研修を「売る側」と「買う側」の両方を知る立場から、2025年に株式会社aundを設立。管理職・新入社員向けの研修設計と組織開発を支援している。

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この記事を書いた人

栗林 陽

栗林 陽(くりばやし よう)

株式会社aund 代表取締役 / 会議カルチャー改革ファシリテーター

新卒で東芝ソリューション(現・東芝)にて営業・PJ支援を経験後、ジェイテックスマネジメントセンター(現学研グループ)で企業研修の企画・販売に従事。新規事業部門でSaaSプロダクトマネージャーを経て、学研ホールディングス人事戦略室に出向し研修0→1立上げ・人材育成領域を担当。2019年、株式会社aund設立。会議ファシリテーション・組織開発・ワークショップ設計を強みに、現場に根づく変革を支援する。

学びの系譜
  • 2017年|社会起業大学 修了
  • 2019年|慶應MCC 組織開発実践講座 修了
  • 2022年|東京デザインプレックス研究所 UIUX講座 修了
  • 2026年|AI経営寄付講座 受講
  • 2026年|青山学院大学 ワークショップデザイン講座 修了
アドバイザリー実績
  • 2025年6月〜2026年3月|株式会社IKUSA 研修事業アドバイザリー
  • 2026年4月〜現在|株式会社東京チェンソーズ 研修事業アドバイザリー
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